本日は記事というより紹介です。

短いですがよろしくお願いします。

渋沢栄一の福祉思想 英国との対比からその特質を探る 大谷まこと著 ミネルヴァ書房」

小樽の図書館にあったので手にとってみました。

そこにはあまり世間では知られていない渋沢栄一の生い立ちから福祉思想について書かれておりました。「仁義道徳と生産殖利は元来共にあるべきである」は幼少期から論語とともに育ち、道徳と経済のつながりを指し示した有名な言葉です。

渋沢栄一は田舎で農民として育ちました。母は人の痛みに敏感な方で貧しい人たちに食べ物を与えることや、父も渋沢が贅沢することに厳しく分相応に暮らすことを大切にし、姉は精神の病に冒され渋沢が面倒をみることもあったそうです。

父から「”農業にも商売にも心を用いなければ一家の役に立たない”」と言われていたようです。また渋沢一家は他所から田舎に移り住んできた家系だったようで、幼少期から「大学」「中庸」「論語」「四書五経」「日本外史」等々を読んで、博識な従兄から毎日指導も受けていたようです。

そういった生い立ちが渋沢の福祉思想の原点となっているとされております。

渋沢栄一は養育院の院長から、中央慈善協会の設立、社会事業家への支援から立法への働きかけまで、数々の功績を残しております。

滝乃川学園を設立した石井亮一に対しては「”石井さんにだけは、経営の労を省いて教育に専念させたい”」と述べ、学園を財団法人にしてその理事長を務めることがありました。

家庭学校を設立した留岡幸助に対しては、土地は入手できたが学校の建設まで資金が至らなく、渋沢に援助の依頼を求めてきた際、快く受け入れをしております。

その他にも、救世軍の山室軍平がわずかな財源を大切に使っていることに共感し、資金援助をすることや、当時世間から理解を得ることが難しかった原胤明の免囚事業(犯罪を犯した人への支援)に対しても支援を行っております。

実は渋沢栄一はこれらの事業を陰で大きく支えていたようです。

また著書は渋沢栄一とブースを照らし合わせながら、お互いあまり知られていない福祉思想について探求している点も非常に魅力的でありました。

渋沢栄一やブースらの功績は現代において極めて重要であると感じております。

そしてこれらは大谷先生が晩年50代で研究した東洋大学博士論文がもととなっているそうで、そこにはかつて社会福祉士国家試験委員長であった古川孝順先生が主査教授として担当されたとのことです。

2008年に大谷先生は60歳でお亡くなりになりました。古川先生は2011年に「本書を乗り越えるような渋沢研究やブース研究が出現することへの願い」を込めてと巻末に言葉を残されております。

もっと驚くことがあれば、大谷先生は北海道小樽市で生まれ育ったとのことです。

何かこの本を手に取ったのは今小樽にいる自分にとって、まるで導かれたかのように感じて紹介をさせていただきました。

最近も自分が生まれた1990年の厚生白書をインターネットでふと読んでみた際に、北海道滝川市について書かれておりました。ようやく見つけたかといわんばかりの出来事でした。

「きっと何かに導かれる」そう感じております。

以上短いですが紹介でした。

皆さんも先人や歴史から今を生きるヒントを探ってみてはいかがでしょうか?

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