本日は聖徳太子の時代をみていきたいと思います。

日本の歴史を遥か遡ってみると実は近代国家以前にも救済システムはあったとのことです。

日本に仏教が伝導された6世紀頃。仏教の「慈悲の思想」は仏教徒によって実践され多くの救済が行われたそうです。

その中でも593年四天王寺が建設された際、「四箇院の制」となるものができました。四天王寺には他とは異なる社会救済の整備を備えていたそうです。

〇四箇院

・敬田院(寺院)

~ 寺の境内全域、古代の仏教的教化事業を目的とする修行所

※以下三院は寺垣の外に設けられた

・悲田院(社会福祉施設)

~ 扶助を必要とする貧窮孤独者のための救済施設

・療病院(薬局病院)

~ 無縁の病者や病にある出家僧を救済し治療を加える救療施設

・施薬院(薬局病院)

~ 薬草の栽培から薬の調合・提供までを行う供給施設

聖徳太子の福祉思想 四天王寺四箇院伝承と太子創建の意義 朝倉一広 https://core.ac.uk/download/pdf/61336359.pdf

このように福祉や医療の第一線で仏教の思想を受けた僧侶たちが活躍していたとされております。

四天王寺は今日でもその精神を受け継ぎ、学校法人四天王学園社会福祉法人四天王寺福祉事業団を中心に各事業を継承されているとのことです。

四天王寺福祉事業団のHPをみると、今でも「悲田院」という言葉が施設の名前に残されております。

また福祉領域としても幅広く、高齢福祉施設、保育母子女性福祉施設、障害福祉施設、医療福祉施設、社会福祉研修センターなどに携わっているとのことです。

四天王寺福祉事業団の設立目的には

四天王寺社会福祉事業団は、四天王寺開祖聖徳太子のご偉業である四箇院の制の中、悲田院、施薬院、療病院を継承し、多様な福祉サービスがその利用者の意向を尊重して総合的に提供されるよう創意工夫することにより、利用者が、個人の尊厳を保持しつつ、心身ともに健やかに育成され、又はその有する能力に応じ自立した日常生活を地域社会において営むことができるよう支援することを目的として、社会福祉事業を行います。

とあります。三院を継承するということが明言されており、古から続く福祉の想いは今もなお継承されているようです。

社会福祉法人四天王寺福祉事業団HP

仏教には「大乗仏教」というものがあります。

実はこういうところにも福祉に関する何かヒントがあるのかもしれないですね。

以上短いですが、「四箇院とは?」でした。ご覧いただきありがとうございました。

おすすめの記事
人気記事一覧(全期間)