ララ物資について

ララからのおくりもの Gifts from LALA より

みなさんは「ララ物資」というものをご存知でしょうか。

1946年11月30日、敗戦直後の日本へ多くの物資を積んだアメリカからの輸送船がやってきました。これがララ物資です。

ララ物資は、多くの日本人を救い、戦後の復興を助けました。

7年間で1万6千2百トン、当時日本は「イワシ1匹米3合」というとても貧しい中、終戦直後にも関わらず、敵国であったアメリカやカナダ、そして在米日系人の祖国への想いが一体となり、運動となってララ物資が日本へと届いたのです。

以下動画をもとに簡単にまとめていきます。

各宗派が結束

ララではカトリックからプロテスタントまで全部が一体となりました。

クリスチャンの多くが戦争責任を感じたそうです。広島、長崎に対する責任、自分が安全地帯にいる罪意識が、ララのはじまりとのことです。

アジア救済公認連盟(LALA)

教会世界奉仕団

米国フレンド奉仕団

カトリック戦時救済奉仕団

救世軍

キリスト教青年会

キリスト教女子青年会

アメリカ労働総同盟

産業別組合会議

兄弟奉仕委員会

ガール・スカウト

ルーテル教会世界救援団

ユニテリアン奉仕委員会

クリスチャンサイエンス奉仕団

このように各教派が共通の想いのもとに結束したのです。

ララの基本方針

ララには基本方針というものがありました。

〇基本方針

・公平性

 援助を必要としている人々に公平に配分する

・自主性

 援助側の外国人が表に立たず裏方に徹する

・尊厳を守る

 日本人が自尊心を失ったり、依頼心を起こし過ぎないよう配慮する

・官民協働

 アメリカ政府やGHQの力がなるべく加わらないようにする

・受けるより与える方が幸い

 将来的には日本人が他国の困っている人々に援助活動を行えるようになることを目標とする

このような基本方針のもと、将来的には日本人がもてるものを分かち合う国民性をもち、他国の困っている人々に援助する側になることを、ララの中心人物であったバット博士は願っていたそうです。

救援の精神とは

動画の後半で、横須賀基督教社会館の阿部志郎先生が出てきます。

ララ物資についてこう教えてくれます。

ララ物資とはアメリカが豊かで余ったものをくれたと思いがちですが、実はそうではなく、1週に1食を絶って、その分をララに寄付したとのことです。

ある高校で、今日の昼飯は学校中生徒も先生も食べない、なぜか、寄付している、どこに、・・ララ。

救援とは、何かを絶ち何かを捧げなければ成立しない

ララ物資の精神は歴史の教科書には書かれていないことです。しかし日本人にとって忘れてはならない出来事なのです。

是非、共感された方は動画の方をご覧ください。

まとめ

「無知の知とは、知が増えることによって無知が増えていくこと」

と先日教えてもらいました。

知が増えることで、自分は無知であることを自覚されます。

ララ物資というものを私は知りませんでした。

「無知というものが差別や偏見を生む」

私たちは見たこともないことを勝手に思い込んでしまっております。

私は小さいころから「宗教は危ない」と教えられました。

ですが、福祉の勉強をしていると全く違ったのです。

キリスト教の精神は福祉にとって大切なものでした。

地域のキリスト教協会のHPをみたら、子どもまつりや、さんびを歌っている写真や動画がありました。全くなんてことない。とても素晴らしいものでした。北海道の浦賀にあるべてるの家もキリスト教の牧師さんがキーパーソンとして関わっております。

また最近思うのは、「石井十次は、十次という名前に、十字架を感じ、天命に導かれたのではないか」とこれは完全に個人的な解釈ですが、そんなことを考えます。

みなさんも曇りなき眼で世の中を今一度見渡してみてはいかがでしょうか。

追記 リンク

社会福祉法人 横須賀基督教社会館 http://www.yokosuka-ccc.jp/message.html

公益財団法人ウェスレー財団 https://wesley.or.jp/

バット博士記念ホーム http://www.bott-home.org/rekishi.html

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